住宅手当よりも従業員の手取りが増える可能性がある——そんな理由から、いま多くの企業で注目されているのが「借り上げ社宅」です。
一定の条件を満たせば給与課税を抑えられ、同じ支援額でも従業員の可処分所得を増やせる点は、採用・定着の観点でも大きな魅力といえます。
一方で、制度の仕組みを正しく理解しないまま導入すると、課税リスクが生じたり、契約管理や退去精算、インボイス対応などの実務負担が膨らんだりするケースも少なくありません。
特に人事・総務部門では、繁忙期に社宅関連業務が集中し、担当者の負荷が高まりやすいというのが実情です。
本記事では、借り上げ社宅の基本的な仕組みと住宅手当との違い、手取りが増える理由をわかりやすく整理します。
さらに、担当者が直面しやすい運用上の課題と、その解決策として注目される「社宅管理の外部委託」についても解説します。
1.借り上げ社宅とは|住宅手当より手取りが増える理由と制度の基本

借り上げ社宅とは、企業が外部の賃貸物件を自社名義で契約し、従業員に社宅として貸与する制度です。
企業が物件を所有する必要がなく、必要な地域・期間に応じて柔軟に住まいを確保できる点が特徴です。
住宅に関する福利厚生には、住宅手当や社有社宅など複数の選択肢がありますが、近年は税制面のメリットから借り上げ社宅を導入する企業が増えています。
実際、労政時報(第4021号・2021年)の「社宅管理の最新実態」調査では、借り上げ社宅制度を導入している企業は68.3%、従業員1,000人以上の企業では約8割に達しています。
柔軟性と節税効果の両立が、制度普及を後押ししているといえます。
ここでは、まず借り上げ社宅と住宅手当の違いを整理し、なぜ「手取りが増える」と言われるのか、その仕組みをわかりやすく解説します。
借り上げ社宅と住宅手当の違い|手取りに差が出る理由
住宅手当は、企業が従業員に家賃補助を現金で支給する制度です。
手続きがシンプルで導入しやすい反面、支給額はすべて給与として扱われ、所得税・住民税・社会保険料の算定対象となります。
そのため、支給額がそのまま従業員の手取りに反映されるわけではありません。
一方、借り上げ社宅では企業が賃貸借契約の当事者となり、従業員は給与から一定額を「家賃負担」として支払います。
この負担額が「賃貸料相当額」の50%以上であれば、企業が負担する差額分は給与として課税されません。
つまり、同じ住宅支援額でも、住宅手当は課税されるのに対し、借り上げ社宅は非課税となるケースがあるため、従業員の手取りが増える可能性があるというわけです。
企業側にとっても、住宅手当と比べて社会保険料の算定基礎が下がる場合があり、法定福利費の抑制につながるメリットがあります。
| 項目 | 住宅手当 | 借り上げ社宅 |
| 支給形態 | 現金支給 | 企業が契約・従業員に貸与 |
| 課税 | 全額が給与課税対象 | 条件を満たせば非課税 |
| 社会保険料 | 算定対象に含まれる | 算定対象から除外可能 |
| 管理負担 | 少ない | 契約・精算などの実務が発生 |
社有社宅との違い|柔軟性の高さが借り上げ社宅の強み
従業員に住まいを提供する方法として、企業が物件を所有する「社有社宅」もあります。
資産として計上できる一方で、固定資産税や修繕費、老朽化対応などの維持管理コストが継続的に発生し、事業拠点の変化に合わせた柔軟な運用が難しい点が課題です。
これに対し、借り上げ社宅は物件を所有しないため、必要に応じて契約の追加・解約が容易で、人員配置や働き方の変化に合わせて柔軟に運用できる点が大きな強みです。
労務研究所の「社宅・独身寮の使用料調べ」によると、全社宅に占める社有社宅の割合は2000年代前半には5割超だったものが、2022年には約15%まで減少しており、借り上げ社宅へのシフトが進んでいることがわかります。
課税されないための条件|「賃貸料相当額」の正しい理解が必須
借り上げ社宅の税制メリットを活かすには、「賃貸料相当額」の計算が欠かせません。
国税庁は、使用人(一般の従業員)に社宅を貸与する場合の賃貸料相当額を、次の3つの合計と定めています。
- その年度の建物の固定資産税課税標準額 × 0.2%
- 12円 ×(建物の総床面積(㎡)÷ 3.3(㎡))
- その年度の敷地の固定資産税課税標準額 × 0.22%
企業がこの賃貸料相当額の50%以上を従業員から徴収していれば、企業負担分は給与として課税されません。
逆に、50%未満の場合は、差額が給与として課税されるため注意が必要です。
なお、役員社宅の場合は計算方法が異なり、「小規模住宅」「小規模住宅以外」「豪華社宅」の区分によって基準が変わります。
特に豪華社宅は時価(通常支払うべき使用料相当額)が基準となるため、一般従業員よりも厳格な取り扱いとなります。
住宅手当から借り上げ社宅へ移行が進む背景
住宅手当は導入しやすい制度ですが、課税されるため従業員の手取りが増えにくいという課題があります。
一方、借り上げ社宅は節税効果に加え、採用競争力の強化や多様な働き方への対応といった観点からも注目されています。
- 社有社宅の老朽化・維持コスト増
- プライバシー意識の高まり
- 人材流動性の高まりによる柔軟な住まいの確保ニーズ
- 社会保険料の抑制効果
こうした背景から、住宅手当や社有社宅から借り上げ社宅へ切り替える企業が増えているのです。
2.借り上げ社宅の実務負担とは|担当者が直面する課題とリスク

借り上げ社宅は、税制面のメリットや柔軟な運用が評価され、多くの企業で導入が進んでいます。
しかし、制度としての魅力とは裏腹に、実際の運用では担当者に大きな負荷がかかりやすいというのが実情です。
契約管理、退去時の原状回復交渉、インボイス制度への対応など、社宅管理には専門性の高い業務が多く、繁忙期には処理が追いつかなくなるケースも珍しくありません。
労務研究所の調査によると、社宅管理業務を「負担が大きい」と感じている企業は6割を超えるという結果もあり、制度のメリットを活かしきれない背景には、こうした実務の複雑さがあると考えられます。
ここでは、社宅担当者が特に直面しやすい3つの課題を整理します。
課題1. 契約・更新・解約が集中し、業務が逼迫する
借り上げ社宅の運用で最初に負担となるのが、契約関連の事務量です。
入居時には物件選定から法人契約の可否確認、賃貸借契約の締結、火災保険の加入、鍵の受け渡しまで、多くの工程を漏れなく進める必要があります。
入居後も、契約更新日の管理は欠かせません。更新期限を見落とせば不要な更新料が発生し、逆に解約予告期限を過ぎると違約金が発生するリスクがあります。
特に人事異動が集中する3〜4月、9〜10月には入退去が一斉に動くため、数十件の契約手続きが同時進行することも珍しくありません。
担当者が1〜2名の体制で運用している企業では、この時期に残業が急増し、他業務に支障が出るケースもあります。
こうした事態を防ぐには、物件ごとの契約期間・更新日・解約予告期限を一元管理し、期限前に自動でリマインドが届く仕組みを整えることが重要です。
課題2. 退去時の原状回復・敷金精算でトラブルが起きやすい
退去時の原状回復と敷金精算は、借り上げ社宅の運用でもっともトラブルが発生しやすい場面の一つです。
通常の個人契約であれば入居者と貸主の間で完結しますが、借り上げ社宅では企業が契約当事者となるため、貸主や管理会社との交渉は企業側が担います。
壁紙の張り替え費用やクリーニング代をめぐって見解が食い違い、精算が長引くことも少なくありません。
入居時の状態を写真やチェックリストで記録しておくことは基本ですが、物件ごとに請求の基準が異なる以上、担当者には不動産の専門知識と交渉力が求められます。
また、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」でも、原状回復トラブルは賃貸住宅の相談件数の中でも上位を占めるとされており、企業が契約主体となる借り上げ社宅ではより慎重な対応が必要です。
課題3. インボイス制度・支払調書など周辺業務が増加している
借り上げ社宅の管理業務は、契約や退去対応だけではありません。
経理・税務に関わる周辺業務の負担が年々増している点も見逃せません。
2023年10月に開始されたインボイス制度では、家賃の支払先ごとに適格請求書発行事業者かどうかを確認し、仕入税額控除の可否を管理する必要があります。
個人オーナーの物件は免税事業者であることも多く、物件ごとに対応が異なることが実務を複雑にしています。
さらに、個人の貸主に対して年間15万円超の家賃を支払った場合には、「不動産の使用料等の支払調書」を税務署に提出する義務があります。
物件数が多い企業では、貸主のマイナンバー収集や支払額の集計作業が大きな負担となります。
電子帳簿保存法への対応も加わり、請求書や契約書の電子データ保存に関する運用ルールの整備も求められるようになりました。
このように、社宅担当者は不動産実務と経理・税務の両方に目を配る必要があり、業務の属人化が進みやすい状況にあります。
3.社宅管理の外部委託とは|借り上げ社宅の実務負担を根本から軽減する方法
借り上げ社宅は、税制メリットや柔軟性の高さから多くの企業で導入が進んでいます。
しかし、前章で見たように契約管理・退去精算・インボイス対応など、実務は多岐にわたり、担当者の負担が大きくなりがちです。
こうした課題を根本から解決する手段として、近年注目されているのが社宅管理業務の外部委託(アウトソーシング)です。
外部委託には大きく「代行方式」と「転貸方式」の2種類があり、どちらを選ぶかによって企業側の負担範囲が大きく変わります。
ここでは、それぞれの特徴と、転貸方式が支持される理由を整理します。
代行方式と転貸方式の違い|どこまで委託できるかがポイント
社宅管理の外部委託は、委託先がどこまで業務を担うかによって方式が分かれます。
代行方式
企業が契約当事者のまま、契約手続きや家賃支払いなどの事務処理を委託先が代行する方法です。
移行が比較的容易で、既存の契約を大きく変更せずに導入できる点がメリットです。
一方で、契約当事者が企業のままであるため、オーナー対応や退去精算の交渉といった負担は残ります。
転貸方式
委託先が物件オーナーと契約し、企業に対して転貸する方式です。
企業は委託先との包括契約を1本結ぶだけで済み、物件ごとのオーナー対応は委託先に集約されます。
特に、退去時の原状回復交渉や敷金精算、支払調書の作成など、負担の大きい業務を委託先が担うため、担当者の工数を大幅に削減できます。
代行方式と転貸方式の比較
| 項目 | 代行方式 | 転貸方式 |
| 契約当事者 | 企業 | 委託先 |
| オーナー対応 | 企業 | 委託先 |
| 原状回復交渉 | 企業 | 委託先 |
| 支払調書対応 | 企業 | 不要(委託先に集約) |
| 導入の手軽さ | 移行が比較的容易 | 契約切替が必要 |
転貸方式で削減できる業務|担当者の負担が大幅に軽くなる理由
転貸方式の最大の特徴は、物件ごとの契約当事者が委託先に移る点です。
これにより、企業の社宅担当者が従来担っていた以下の業務を委託先に集約できます。
- 賃貸借契約の締結・更新・解約手続き
- 退去時の原状回復費用の査定と貸主との交渉
- 敷金の立替・精算処理
- 支払調書の作成・提出(契約当事者が委託先のため企業側は不要)
- インボイス制度への対応(家賃支払先が委託先1社に集約されるため管理が容易)
特に、支払調書対応は、物件数が多い企業ほど負担が大きく、転貸方式に切り替えることで経理部門の工数削減に直結します。
代行方式と比較するとコストはやや高くなる傾向がありますが、管理戸数が多い企業や担当者のリソースが限られている企業にとっては、費用対効果の高い選択肢といえます。
委託先を選ぶ際のチェックポイント|導入後のミスマッチを防ぐために
社宅管理の外部委託は、委託先の選定が制度運用の成否を左右します。
以下のポイントを押さえて比較検討することが重要です。
契約方式の対応範囲
代行方式のみか、転貸方式にも対応しているか。自社の課題に合った方式を提案できる委託先を選ぶことが、導入後のミスマッチを防ぎます。
物件ネットワークの広さ
全国に拠点がある企業の場合、各地域の不動産会社と提携し、法人契約が可能な物件を幅広く紹介できるネットワークがあるかどうかは重要な判断基準です。
退去精算の実績と交渉力
原状回復費用の査定や貸主との交渉は、経験値が結果に直結します。過去の精算実績や、専門部署の有無を確認しましょう。
システム連携の充実度
社宅台帳の管理、入退去の申請ワークフロー、入居者向けマイページなど、社内の基幹システムと連携できる管理システムを提供しているかも、運用効率を左右する要素です。
コンプライアンス体制
反社チェック体制の整備や個人情報管理の方針、インボイス制度への対応状況など、法令遵守に関する体制も確認すべきポイントです。
まとめ|借り上げ社宅は「制度設計」と「運用体制」がカギ
借り上げ社宅は、税制メリットや柔軟性の高さから多くの企業で導入が進んでいますが、制度の効果を最大限に引き出すには「正しい制度設計」と「無理のない運用体制」が欠かせません。
契約管理や退去精算、インボイス対応などの実務負担は属人化しやすく、担当者の負荷が高まりやすい領域です。
外部委託、とりわけ転貸方式を活用することで、こうした業務を委託先に集約し、企業は本来注力すべき人事・総務業務にリソースを振り向けることができます。
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